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MISSONI

オッタビオ ミッソーニ(Ottavio Missoni)は16歳でイタリア代表の陸上選手に選ばれました。
選手として活躍の傍ら、友人とニットの工房を開き、スポーツウェアを生産していました。
1948年のロンドンオリンピックに出場し、そこで当時16歳のロジータに出会いました。
そのイタリア代表のユニフォームをデザインしたのは、ロジータの父でした。
彼女の実家はショールの製造を営んでいました。
二人は結婚し、新たな小さなニット工房を立ち上げました。
1958年に二人は最初のコレクションをミラノで発表しました。
コレクションは濃い色彩とストライプで構成されていました。
1960年代より、彼らはショールの製造機で以前にはない軽いカラフルなドレスを制作し、ビスコースレーヨンを素材に採用していきました。
彼らを注目したのはイタリアのファッションジャーナリストの アンナ ピアッジ(Anna Piaggi)でした。
アンナ ピアッジは常にブライトブルーの前髪にキッチュなヘッドドレスを被り、顔はピエロの様に白く、ピンクのチークの派手なメーキャップを施していました。
そしてヴィンテージミックスの装いの アンナ ピアッジは後世、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で特別な展示会を開かれるほど個性的でした。
彼女はミッソーニの実験的精神を後押しし、自身の雑誌を通じてブランドの魅力を紹介しました。
1969年にはもう一人のファッション エディター、ダイアナ ヴリーランド(Diana Vreeland)に出会いました。
彼女はアメリカ中のバイヤーとのブッキングを行いました。
ミッソーニは1970年代にその影響力のピークを迎えました。
1997年から二人の娘、アンジェラがクリエイティブ ディレクターを務めています。
ミッソーニの幾何学模様と花柄のジャガードのパッチワーク、ジグザグ柄、ストライプ柄、波柄それらを彩るカラフルなスラブ糸、それら全てはその誕生以来、現在までブランドのアイコンとして存在しています。
ミッソーニは1970年代以降のファッションシーンへ多大な影響を与え、ニットそのものの概念を大きく覆したイタリアの偉大なブランドの一つです。
その歴史を語ることは、そのままファッション界の歴史を語ることを意味します。
二人の伝説的なファッション エディターはミッソーニを発掘することにより、その手腕が評価されました。
ミッソーニの色彩が無ければ、1970年代は暗く、味気ない時代であったかもしれません。
弊店、Galleryではこのブランドを2020年秋より本格的に取り扱いさせていただきます。
その高い芸術性から『着る絵画』とも言われています。
実際に幾つもの作品が世界中の美術館にアーカイヴとして所蔵されています。
是非この機会御覧ください。
同時にカジュアルウェアであったニットをドレスアップアイテムにグレードアップさせたそのラグジュアリーな肌触り、着心地、軽さを実感して下さい。
 

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